第三話

「あの、ここまで来といてなんだけど、本当に迷惑じゃねえ?」
「何言ってるんですか、それはこっちのセリフですよ。それより仰木さんは大丈夫ですか?」
「俺は全然…」

広いマンションのロビーを抜ける。自分で言い出しといてあれだが、生徒が先生の飯作りに来るって意味分かんねぇ。

玄関のドアを潜るとなかなか広い部屋だ。しかも男の一人暮らしにしては凄く綺麗、というか物があまり無く整然としている。

「夕飯作れるような材料入ってますかね」
「あーー…まぁギリ作れる。てか今更だけどあんま期待すんなよ」

覗いていた冷蔵庫から振り返ると、直江は楽しげにこちらを眺めていた。

「ふふ、あっエプロン使います?可愛いのはありませんが、使ってないんでキレイですよ」
「おい…なんか馬鹿にしてるだろ」

言う間に隣の部屋から直江は黒いエプロンを持ってきた。

「ほら似合う。あ、でもちょっと丈が…」
「やっぱ馬鹿にしてるだろ!身長は今伸びてる最中なんだよ!」





そんなこんなで出来たのは簡単にピラフと卵スープ。直江は美味しい美味しいと言いながらニコニコして食べてくれた。俺も一緒に食べたけどまーまーな出来でホッとした。

直江といる時間は不思議と肩の力が抜ける。何でだろ、今日初めて会った教師なのに。

――俺はこんなふうに自然に接してくれる大人を欲しがってたのかな。そんで直江は飯作ってくれる奴を欲しがってたのかな。

そんなことを考えると、泣きたいような笑いたいような気持ちになった。


時計の針が10時を指したのに気づく。名残惜しいのを隠して腰を上げた。

「じゃ、そろそろ俺帰るから」
「送ってきます」

立ち上がり車のキーを持つ直江の後を慌てて追う。

「いやもう遅いしいいよ!歩いて帰れる距離だし」
「遅い時間だから送ってくんですよ。何かあったら危ないでしょ」
「何かってなんだよ…」


外に出るとすっかり夜のとばりが下りていた。少し肌寒く感じながら助手席に乗り込む。

「あんたは帰ったらもう寝るのか?」
「ええ、風呂に入ったらすぐ寝ますよ。仰木さんも早く寝てくださいね」
「うん…なぁ、仰木さんってなんか変な感じだから、呼び捨てでいいよ」

運転中の直江がパチッとこっちを見た。きれいな鳶色の瞳に真っ直ぐ射貫かれる。すぐそらされたのでもうどんな顔をしてるのかはわからなかった。

「…高耶さん」
「下!?」
「あっそうですよね、すみません」
「えっいや、別にいいんだけど…仰木でくると思ってたから」

とりあえず 申し訳なさそうに謝る直江にフォローすると、嬉しそうに「良かった」と喜んだ。
意外とガキみてぇに笑うんだな。




ゆっくりと俺の家の前で車が止まる。車のドアから出ると直江に呼び止められた。

「高耶さん」
「ん?」
「今日はご飯作ってくれてありがとうございました。とても美味しかった」
「おう!」

おやすみなさいと言って爽やかに微笑む直江に、おやすみと言って背を向ける。
そういえば明日も教室で会うんだと思うと不思議な感じがする。
でもなんか「高耶さん」と言って笑う直江が可愛く思えた。
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