「あの、ここまで来といてなんだけど、本当に迷惑じゃねえ?」 「何言ってるんですか、それはこっちのセリフですよ。それより仰木さんは大丈夫ですか?」 「俺は全然…」 広いマンションのロビーを抜ける。自分で言い出しといてあれだが、生徒が先生の飯作りに来るって意味分かんねぇ。 玄関のドアを潜るとなかなか広い部屋だ。しかも男の一人暮らしにしては凄く綺麗、というか物があまり無く整然としている。 「夕飯作れるような材料入ってますかね」 「あーー…まぁギリ作れる。てか今更だけどあんま期待すんなよ」 覗いていた冷蔵庫から振り返ると、直江は楽しげにこちらを眺めていた。 「ふふ、あっエプロン使います?可愛いのはありませんが、使ってないんでキレイですよ」 「おい…なんか馬鹿にしてるだろ」 言う間に隣の部屋から直江は黒いエプロンを持ってきた。 「ほら似合う。あ、でもちょっと丈が…」 「やっぱ馬鹿にしてるだろ!身長は今伸びてる最中なんだよ!」 そんなこんなで出来たのは簡単にピラフと卵スープ。直江は美味しい美味しいと言いながらニコニコして食べてくれた。俺も一緒に食べたけどまーまーな出来でホッとした。 直江といる時間は不思議と肩の力が抜ける。何でだろ、今日初めて会った教師なのに。 ――俺はこんなふうに自然に接してくれる大人を欲しがってたのかな。そんで直江は飯作ってくれる奴を欲しがってたのかな。 そんなことを考えると、泣きたいような笑いたいような気持ちになった。 時計の針が10時を指したのに気づく。名残惜しいのを隠して腰を上げた。 「じゃ、そろそろ俺帰るから」 「送ってきます」 立ち上がり車のキーを持つ直江の後を慌てて追う。 「いやもう遅いしいいよ!歩いて帰れる距離だし」 「遅い時間だから送ってくんですよ。何かあったら危ないでしょ」 「何かってなんだよ…」 外に出るとすっかり夜のとばりが下りていた。少し肌寒く感じながら助手席に乗り込む。 「あんたは帰ったらもう寝るのか?」 「ええ、風呂に入ったらすぐ寝ますよ。仰木さんも早く寝てくださいね」 「うん…なぁ、仰木さんってなんか変な感じだから、呼び捨てでいいよ」 運転中の直江がパチッとこっちを見た。きれいな鳶色の瞳に真っ直ぐ射貫かれる。すぐそらされたのでもうどんな顔をしてるのかはわからなかった。 「…高耶さん」 「下!?」 「あっそうですよね、すみません」 「えっいや、別にいいんだけど…仰木でくると思ってたから」 とりあえず 申し訳なさそうに謝る直江にフォローすると、嬉しそうに「良かった」と喜んだ。 意外とガキみてぇに笑うんだな。 ゆっくりと俺の家の前で車が止まる。車のドアから出ると直江に呼び止められた。 「高耶さん」 「ん?」 「今日はご飯作ってくれてありがとうございました。とても美味しかった」 「おう!」 おやすみなさいと言って爽やかに微笑む直江に、おやすみと言って背を向ける。 そういえば明日も教室で会うんだと思うと不思議な感じがする。 でもなんか「高耶さん」と言って笑う直江が可愛く思えた。 next |